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奈良県部落解放同盟支部連合会
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基本理念

部落差別の軛から自らを解き放つための21世紀初頭の新しい運動の基調
T いま、なぜ新しい運動路線なのか。
 生活水準における部落内外の較差はなくなった。しかし、部落差別は存続している。故に、 '65同対審「答申」路線の時代的役割は終焉したと理解するしかない。これまでと同じ運動の繰り返しでは、人と人との新たな関係を再構築していける見込みがなく、「百害あって一利なし」として決別する。
@ '65同対審「答申」は、近代社会における部落差別とは"市民的権利と自由の侵害に他ならない"と規定し、わが国の産業と経済がもつ「二重構造」と前近代的な社会風土や非合理的な偏見等がこれを支えてきたと根拠づけてきました。そして、同和地区住民に就職と教育の機会等を完全に保障し、同和地区に滞溜する停滞的過剰人口を近代的な主要産業の生産過程に導入することにより生活の安定と地位向上をはかることが、同和問題解決の「中心的課題」であると指摘したのであります。
'69年に同和対策事業特別措置法が制定されて以降、約15兆円の公的資金が同和対策に投入され、わが国経済の高度成長の潮流に合流させて「答申」が指摘したところの「中心的課題」はほぼ達成されました。その結果、少なくとも50才以下の世代で、社会的、経済的、文化的な生活水準における部落内外の較差はほとんどなくなったのです。

A部落内外の生活実態における較差が見事に克服されたのに、あろうことか、周辺の人々の部落(民)への差別意識(「答申」が言うところの心理的差別)には見るべき顕著な変化がなかったのであります。 '93年総務庁「同和地区実態把握等調査」の結果にわれわれはがっかりしたというよりむしろ大きなショックを受けました。しかも運動体として「トリプルショック」でありました。
 一つめのショックは、部落民の被差別体験の多さです。「調査」で3人に1人が「被差別体験あり」と告白しています。細かく分析すると、調査のあった93年から溯ること10年の間に奈良県内で約5000件、毎年約500件の差別事件があったということになるのです。
 二つめのショックは、部落民が差別に真正面から向き合えていないことです。応々にしてわれわれは部落差別と唐突にでくわすものであります。そのとき「相手に抗議した」のが20%にすぎず、「黙って我慢した」とするものが46%強で最も大きな割合を占めているではありませんか。日本人の人権意識を識るための同様の調査で、人権侵害をうけたとき「黙って我慢する」と答えたものの割合が6%位であったことと比較して、その違いに言葉にできないほどのショックをうけました。
 三つめのショックは、われら運動体が差別問題の解決をめぐって部落大衆から頼りにされていない現実を見せつけられたことです。部落差別と遭遇して「黙って我慢した」ものが46%強で、「民間団体に相談」したものはわずかに4%強(奈良県2%)にすぎなかった事実は何をわれわれに語りかけているのでしょうか。 '65同対審「答申」路線を忠実に推進し"ムラぐるみの運動"を呼びかけ、水平社創立以来最大最強の組織建設を成し遂げてきたはずであります。税や融資、生活資金や奨学資金、就職や住宅等々の相談をわが運動体に持ちこむけれども、肝心要の差別問題の相談相手として頼りにしないとする部落大衆の選択をどう受けとめるのかが問われてきました。
 周辺の人々の意識が変わっていないことも問題です。しかし、それ以上に部落大衆の差別との向き合い方が曖昧で弱々しいこととわれら運動体が本質的に部落大衆の信頼をひき寄せられていない現実こそが深刻に問い直されねばなりません。口惜しくもつらいことではありましたが、この「トリプルショック」をうけてわれわれは自らの運動を根本から見直す道を選びました。この惨憺たる現実から目をそらし、自らの運動体を蝕む腐敗と堕落を自浄する力をなくした恥知らずのグループはどうでしょう。相も変わらずダラダラと、しかし、欲得だけは忘れずにいつもの道をあてもなく歩き続けるに違いありません。

U これまでのわれらの運動のどこに問題があったのか
    その隘路を打開するための発想の転換のポイントは何か。
@少なくとも、「部落とは何か」「部落民とは何か」「部落解放とは何か」を定義づけること。

Aユートピアや社会主義革命への幻想を捨てること。"部落差別をはじめ一切の差別のない世の中を実現しよう"などのスローガンを掲げないし、いまだかつて人類の歴史の中で実現できなかった高邁なテーゼをわれらの運動の目的や目標に据えないこと。

B個人間であれ集団間であれ、相対的な生活実態の較差は、いつの時代でも、世界のどの地域でも差別を生む大きな要因である。しかし、そこの較差が是正されることで差別意識(感情)が自ずと払拭されるという保障はどこにもない。すぐる30年余のわれらの運動が明確に立証した教訓を忘れないこと。

Cひとは誰でも「差別する立場」にあったり「差別をうける立場」にあったりする。われら部落民も例外ではない。この両面の立場を自他の弱さとして知るものだけが、自他共々にその弱さを克服していく道を切り拓いていけるものと確信すること。注1

D教育や啓発の場で、「差別はいかなる理由をもってしても絶対に正当化されない最大の社会悪であり、人間の尊厳を犯す犯罪である」と規定し、「差別しない、させない」ことを目的として、「正しい知識」なるものをくりかえし注入してきた基本的パターンは空回りしてきた。建前と本音のかい離を固定化し、それらを接近させる具体的な営みを放棄させてきたこの規定を見直しすること。

V 新たな発想で、「なにを」「どうする」のか。21世紀のわれらの運動の基本的理念と路線。
(1) 「部落とは何か」 「部落民とは誰のことか」「部落解放運動とは何をすることか」。 いま、敢えて、定義を試みに提起し、その豊かな肉付けを期す。

わが国の社会では、明治以来このかた、かつて近世の時代に「カワタ」「エタ」と称せられた身分に地縁的血縁的な系譜をもつことを口実として賤視され、交際、交流を忌避され排除される対象となってきた集落がある。その対象となってきた被差別集落がいわゆる「部落」であり、そこに現に居住するもの、又は、かつて父母や祖父母等が居住していた系譜をもつものを「部落民」といってきた。そして、部落解放運動とは、賤視、忌避、排除等の形態で出現する部落差別を媒介として成り立つ人と人との関係及び共同体相互の関係を解体し、共生と連帯の関係として再構築しようとする営みである。

(2) 部落差別は残存する。しかし、われらは解放の領域に到達できる。

部落差別は、これからもかなりの期間、われらの周辺に存続するに違いない。しかしながら、あえて部落民であることをひきうけての個人的あるいは社会的な戦いを通して、われらは部落解放の領域に到達できるとの確信を共有することが大切である。
そして、われらにとっての部落解放とは、かつて差別の根拠にあげつらわれた「部落は恐い。柄が悪い。程度が低い。貧しい」等々を自らの意識の中に背負いこんできたコンプレックス(劣等感)を払拭することを土台とした人と人との関係を創出することである。注2

(3) 部落問題を政治課題としてでなく地域社会の課題として位置づける。

情報化、国際化が一層深まる中で封建的身分関係や家父長制、昔ながらの風習や迷信の人間関係に及ぼす影響は薄れてきた。加えて部落内外の生活実態較差がなくなった。なのに少なからずの人々がいまも結婚や交際で部落民を忌避している。しかし、彼らが差別することの定かな根拠をもっているわけではない。ここにゆさぶりをかけながら部落を含む地域社会がながい間抱えてきた「差別―被差別」の課題を浮き彫りにしていく。注3

(4) とりあえずの「異議申し立て」から戦いは始まる。

差別との戦いは、基本的には個人的な戦いである。日常生活の場で唐突に出くわす差別や人権侵害に、その場でとりあえず「異議申し立て」をすることが何よりも大切なことである。それは、これまでのとりくみで欠落してきた本音を建前ににじり寄せていく具体的なとりくみの出発点でもある。そこでは、主体的に考えること、他者との関係や問題解決への行動力が問われることになる。そのためには知識、スキル(技術・技能)、態度、行動力や自尊感情などを育成しなければならない。『なら人権情報センター』がその条件整備を担う。注4
(5) 糾弾闘争二極化の位置づけ

私的な日常生活の場での差別的言動についてはあくまでも個々人の戦いを最優先させ、原則として組織的展開をしない。しかし、公的な場での発言、法や規則、制度や措置に部落差別が反映されたときには徹底的な糾弾闘争を組織する。

@まず、過去の糾弾闘争の総括が必要であります。個々の差別的言動は、部落問題に関わる正しい知識の欠如による偏見から生れるものと把え、そして、その言動は社会意識として広範に存在する部落に対する差別意識の氷山の一角が露呈したものと認識してきました。また、一人の部落民が遭遇した差別を全国に散在する300万人兄弟・姉妹への攻撃・敵対として受けとめ、できる限り大きな規模で糾弾集会を組織することを良しとしてきたのです。そして、少なくともわが県連は真剣に糾弾闘争を組織してきました。部落差別への憤りと解放への熱き思いを率直に突き出すことで人間としての尊厳を誇示し、広範な地域社会の諸機関や団体に対しても部落差別の不当性を訴えてなお国民的課題としての位置づけを求めてきたものです。
その結果としてわれわれが手にしたものは何だったのかを整理しなければなりません。糾弾会で浮きぼりになった課題のすべてを行政課題として収斂させ、部落内外の較差の是正や教育・啓発予算の増額という形で消化してきました。しかし、差別的言動をした人と差別を告発した人とのその後の関係を知ろうともしなかったのではないでしょうか。糾弾闘争を経て、人と人との関係が変わったのか、部落差別を媒介としてあった部落とその周辺地域との差別的な関係にどう影響を与えたのかの検証を試みたことがないのです。「異議申立て」から始められる個々人の戦いが多彩に展開されることに期待し、組織的展開を中止します。

Aまた、わが同盟は、「地名総鑑」糾弾闘争を基軸とした差別企業との対応でも少なからずの間違いを犯してきました。まぎれもない企業の組織的犯罪を司法の場で追い詰めようとしなかったことが間違いの一つです。経営者を国民運動の戦列に囲いこみ、部落解放基本法制定等の運動に政治的利用を図って罪を放免してしまいました。企業同推協等に名を連ねていた幾多の企業が、後日、身元調査などで問題を惹起させた潟Aイビー、リック鰍フ顧客であったことが政治利用主義への見事な回答であったのではないでしょうか。二つ目の見落とせない間違いは、従業員に直接訴えてこなかったことです。会社内の人と人との関係で部落差別が直接的に見えてこなかったとしても、かかる露骨な差別体質をもっている企業の中で差別がないはずがありません。企業内のセクハラの問題がアメリカへ進出した企業から日本へ逆輸入される以前に、わが同盟の「地名総鑑」糾弾闘争の延長線上から問題提起されてしかるべきでありました。そこで働く人びとの共鳴・共感の得られない企業への糾弾闘争は、その闘いの成果の返し所を間違っているという一点で意味のないものになってしまいます。
'70年の南都銀行就職差別事件に係わる糾弾闘争の教訓は今後も引き継いでいかねばなりません。かつて、銀行等では高校や大学を卒業する人たちの採用で「身元調査」は当たり前のこととして実施されていました。この「当たり前のこと」に部落出身の女子生徒が「異議申立て」したことから闘いが始まったのです。この「身元調査」によって部落の青年らがふるい落とされ、まったく採用されていないことが明らかになりました。同時に、片親の子どもや借家住まいの家庭の子ども、貧しい家庭の子どもらもほとんど採用されていなかったのです。
糾弾闘争は大々的に展開されました。南都銀行は世論の厳しい批判を受けたのは当然のことです。結果として、南都銀行のみならず主要な企業や事業所が「身元調査」をしなくなりました。そして、いまも使用されている「近畿統一応募用紙」と称される履歴書が生れたのです。公的な場における差別には開かれた場での徹底糾弾闘争が今後も求められています。

Bまた、言うまでもないことですが公権力による差別をわれわれは決して許しません。狭山事件がその典型であります。
'63年5月1日、埼玉県狭山市で起こった「女子高生誘拐・殺人事件」で市内の部落に住んでいた石川一雄さん(当時24歳)が犯人にデッチあげられました。その少し前にあった「吉展ちゃん誘拐殺人事件」でも警察は身代金をとりにきた犯人をとり逃がし、あげ句の果てに吉展ちゃんが殺されて発見された失態があったばかりで警察に対する厳しい非難の声がうずまいていたのは当たり前のことです。当時の国家公安委員長は辞表を懐に入れて国会での詰問に臨んだと言われています。
警察はメンツにかけても犯人を逮捕しなければならなかったのです。「あんなむごいことをするのはヨソモノに違いない」という部落周辺の差別意識につけこんで小さな二つの部落に集中見込捜査をかけました。5月1日というメーデーの日に家族以外のアリバイ証言のない不安定就労の石川一雄さんに目をつけ、別件逮捕し、小学校もろくすっぽいけずに世間知らずの青年を騙して司法取引まがいの手練手管で「ウソの自白」をさせたのです。弁護団をはじめ広範な国民の「証拠開示」等の要求をしりぞけ一審の有罪判決を強引に維持してきた一連の経緯を総称してわれわれは「狭山差別裁判」と呼んできました。無実の石川一雄さんに無罪の判決をかちとり、ここまで部落民を陥れ、部落民を辱めてきた権力犯罪をあまねく明らかにするまで糾弾闘争を貫徹しなければなりません。注5

(6) 新しい行政闘争の展開

子どもらの「低学力傾向」問題や中高年齢層の不安定な生活実態等、部落にはひき続き行政課題が山積している。そしてこれらの課題は、経済の市場原理主義や「弱肉強食」の政治のしくみに泣かされている庶民と共通のものであり共同の闘いとして位置づけていくこととする。当然のこととして、部落のみを対象とした施策の誘いがあっても断固として拒否する。

@すぐる30年間に、同和対策事業の執行と高度経済成長の波に乗って部落の生活は大きく変化し、部落内外の生活実態面での較差は著しく縮小してきました。しかしながら、子どもらの「低学力傾向」が是正されず、また、部落の40才台後半以上の中高年齢層は仕事や収入、健康や社会保障の面で少なからずの問題をかかえています。これらの相対的に低位な状況は、間違いなく部落差別の歴史性や社会性に起因したものであり、これまでの経験を生かしながら21世紀にも生活要求を掲げて政府や地方自治体への行政闘争を継続しなければなりません。

Aしかしながら、これら相対的に低位な生活実態にあるのは部落民だけでしょうか。母親や父親のいない家庭の子どもら、また、生活保護の受給を余儀なくされている家庭の子どもらも「低学力傾向」に呻吟しています。経済の市場原理主義が肩で風をきってまかり通る今日、失業者は300万人を突破し、農林漁業や日雇い労働に従事してきた人々の健康や社会保障にも不安がいっぱいです。「弱肉強食」の政治のしくみに泣かされている人は部落民の他にもたくさんいます。これらの人々と較べて特に低位という状況にない限り、われらの21世紀の行政闘争は、原則的には被差別者としての共同の闘いであり、当然のこととして部落民のみを対象とした施策の誘いがあっても断固として拒否します。

(7) 共生と連帯

21世紀に、「性差(ジェンダー)」と「共生」をキーワード(なぞ解きの言葉)とした反差別・人間解放の戦いを前進させる。女性、子ども、高齢者、「障害者」、病者や感染者、同性愛者、在日外国人、アイヌ、沖縄の人々やアジア各国の民衆の戦いを支持し、それらと連帯する。

@かつて「障害者」は、「保護」とか「教育」又は「訓練」という名目で地域社会から排除され、隔離されて特別な暮らしを一方的に強制されて「あたりまえ」の時代がありました。当時、部落解放運動は、「同じ日本人である」とか「部落には自然の本質的な差異はどこにもない」などとことさらに強調して部落差別の不当性の証しとしようとしていたのです。差異があってなぜ不都合なのか、差異があれば差別されてしかたないのかという「異議申立て」は残念ながらわが解放運動の内部から派生したのではありません。

A"障害があることを個性や特性として認め合う関係へ転換しよう""異なる人間が共に生きる状況が当たり前なのではないか""障害があることが辛いのではない。「障害者」であるということで人間としての尊厳を傷つけられ、不利益を強いられることが口惜しいんだ"という概念整理が「障害者」の運動の中でなされて「共生」という21世紀の共通テーマが生みだされたのです。部落解放理論の底の浅さを反省し、改めて、様々な反差別運動から率直に学ぶ姿勢を定立させねばなりません。

Bまた、20世紀の最終段階で女性たちの運動が活性化してきました。「女性の生き難さの原因は性差別、性別役割で二級市民として扱われているからだ」「女性の精神的健康のためには自己決定でき、自立的であること。社会における平等な地位の実現が重要である」「従って、個人の意識変革は、同時に社会の意識変革をめざすもの」との井上摩耶子さんの提起をもとに女性の具体的な「異議申立て」行動をもりあげていかねばなりません。
遺伝子の解明とクローン技術の恐ろしいまでの飛躍の時代をむかえて、反差別・人間解放の戦いを継続するわれわれにとって、「性差」と「共生」が欠かすことのできないキーワードとして確認することが求められているのではないでしょうか。ここを基盤として、女性、子ども、高齢者、「障害者」、病者や感染者、同性愛者、在日外国人、アイヌや沖縄の人々に関わる戦いを支持し連帯します。

C世はあげて「IT(情報技術)革命」の時代であります。瞬時に世界とアクセス(接続)できるこのIT革命は、「地域性」と「共同性」を基軸に育まれてきたコミュニティを崩壊させ、世界の相互依存を強めて南北問題や環境問題をより深刻なところへ追いやる危険性があると指摘されています。アジアの中の日本の立場が多様な場で問われ続けねばなりません。アジア各地における民衆の闘いを注視し、具体的な連帯の絆を模索していきます。

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注1.《参考》
(柴谷篤弘さん)
※ 個人が差別性を身につけずに育つことは不可能なことだと考えられます。ただ救いなのは、人間は動物と違って正確な内容は未決であっても、ある種の倫理的な意識を身につける能力を生得的に持っていることです。だから人は普通、歯止めなく差別に徹しきることは困難で、むしろ差別に対して社会的になされる戦いに参加し、あるいは、孤独な戦いとしてもこれを発展させる能力を持つのが普通である。
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注2.《参考》
(藤田敬一さん)
※ 被差別部落民とは、他の人びとが"被差別部落民"として畏敬・畏怖・賤視・恐怖・忌避・排除・拒否・憐憫・同情・庇護・共感・連帯・期待する対象として描く多様なイメージの複合されたものである。
※ 部落民というのは、部落差別を媒介にして成り立った人と人との関係の中の幻像であって、部落民という民が存在しているわけではない。しかし、この幻像が実体化される。部落差別として実体化される。
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注3.《参考》
(吉田栄治郎さん)
※ 部落差別だけが唯一の差別にかかわる問題ではなく、地域社会にはほぼ同質の歴史過程を持つ差別―被差別の関係が他に数多く存在する。これら「地域社会の課題」の解決にむけた部落内外住民の協同作業としての同和教育がいま求められている。
(灘本昌久さん)
※ 京都府下149部落の歴史研究で得たものは、部落も部落外と同じように平凡な人々の集まりであり、特別に悪い人間ばかりが吹き溜まっているところでもなければ、文化の担い手ばかりの人間集団でもなく、優れた人もいれば唾棄すべき人もいる。そして多くは、とくに可もなく不可もない平凡な人々の暮らすところであるという当たり前の事実である。
(竹田青嗣さん)
※ そもそも差別というものは、具体的に見えない人々に対して、それがどういう存在かわからないから一般性でくくってしまうというところに大きな要因がある。つまり、差別の一番のもとにはそういう一般性への寄りかかりがあり、そのいいかげんな一般性をどうやって具体性のあるものに転化していくのかという問題がある。
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注4.《参考》
(柴谷篤弘さん)
※ われらにとって部落解放とは、招来せられるべき状態でもなければ、現実が指向すべき理想でもない。われわれにとってそれは、現状を廃絶しようとする現実の運動である。
(八木晃介さん)
※ 社会を編成する原理として差別が成立していると捉えれば、差別はあって当たり前じゃないかと半ば考えている。それに対してどうするのかと言えば、その時、その時に個々、具体的な差別の問題に対して異議を申し立てて戦う以外にない。
※ ある一つの具体的な差別と一生懸命戦っているプロセス(過程)の中に、パッとあるとき見えてくるものがある。それが解放じゃないかと思う。
(平沢安政さん)
※ これまで同和教育は、「差別の現実に学ぶ」姿勢や「差別をしない、させない、許さない」力を強調しながらその中味を明確に示してこなかった。差別意識をゆさぶり、うちくずしていく知識・スキル(技能)・態度・行動力を培うことが大切である。
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注5.《参考》
(灘本昌久さん)
※ 個々の差別事件は同和事業の必要性を明らかにする証拠物件の役割にとどまってきた。
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