| (1) 「部落とは何か」 「部落民とは誰のことか」「部落解放運動とは何をすることか」。
いま、敢えて、定義を試みに提起し、その豊かな肉付けを期す。
わが国の社会では、明治以来このかた、かつて近世の時代に「カワタ」「エタ」と称せられた身分に地縁的血縁的な系譜をもつことを口実として賤視され、交際、交流を忌避され排除される対象となってきた集落がある。その対象となってきた被差別集落がいわゆる「部落」であり、そこに現に居住するもの、又は、かつて父母や祖父母等が居住していた系譜をもつものを「部落民」といってきた。そして、部落解放運動とは、賤視、忌避、排除等の形態で出現する部落差別を媒介として成り立つ人と人との関係及び共同体相互の関係を解体し、共生と連帯の関係として再構築しようとする営みである。
(2) 部落差別は残存する。しかし、われらは解放の領域に到達できる。
部落差別は、これからもかなりの期間、われらの周辺に存続するに違いない。しかしながら、あえて部落民であることをひきうけての個人的あるいは社会的な戦いを通して、われらは部落解放の領域に到達できるとの確信を共有することが大切である。
そして、われらにとっての部落解放とは、かつて差別の根拠にあげつらわれた「部落は恐い。柄が悪い。程度が低い。貧しい」等々を自らの意識の中に背負いこんできたコンプレックス(劣等感)を払拭することを土台とした人と人との関係を創出することである。注2.
(3) 部落問題を政治課題としてでなく地域社会の課題として位置づける。
情報化、国際化が一層深まる中で封建的身分関係や家父長制、昔ながらの風習や迷信の人間関係に及ぼす影響は薄れてきた。加えて部落内外の生活実態較差がなくなった。なのに少なからずの人々がいまも結婚や交際で部落民を忌避している。しかし、彼らが差別することの定かな根拠をもっているわけではない。ここにゆさぶりをかけながら部落を含む地域社会がながい間抱えてきた「差別―被差別」の課題を浮き彫りにしていく。注3.
(4) とりあえずの「異議申し立て」から戦いは始まる。
差別との戦いは、基本的には個人的な戦いである。日常生活の場で唐突に出くわす差別や人権侵害に、その場でとりあえず「異議申し立て」をすることが何よりも大切なことである。それは、これまでのとりくみで欠落してきた本音を建前ににじり寄せていく具体的なとりくみの出発点でもある。そこでは、主体的に考えること、他者との関係や問題解決への行動力が問われることになる。そのためには知識、スキル(技術・技能)、態度、行動力や自尊感情などを育成しなければならない。『なら人権情報センター』がその条件整備を担う。注4.
(5) 糾弾闘争二極化の位置づけ
私的な日常生活の場での差別的言動についてはあくまでも個々人の戦いを最優先させ、原則として組織的展開をしない。しかし、公的な場での発言、法や規則、制度や措置に部落差別が反映されたときには徹底的な糾弾闘争を組織する。
@まず、過去の糾弾闘争の総括が必要であります。個々の差別的言動は、部落問題に関わる正しい知識の欠如による偏見から生れるものと把え、そして、その言動は社会意識として広範に存在する部落に対する差別意識の氷山の一角が露呈したものと認識してきました。また、一人の部落民が遭遇した差別を全国に散在する300万人兄弟・姉妹への攻撃・敵対として受けとめ、できる限り大きな規模で糾弾集会を組織することを良しとしてきたのです。そして、少なくともわが県連は真剣に糾弾闘争を組織してきました。部落差別への憤りと解放への熱き思いを率直に突き出すことで人間としての尊厳を誇示し、広範な地域社会の諸機関や団体に対しても部落差別の不当性を訴えてなお国民的課題としての位置づけを求めてきたものです。
その結果としてわれわれが手にしたものは何だったのかを整理しなければなりません。糾弾会で浮きぼりになった課題のすべてを行政課題として収斂させ、部落内外の較差の是正や教育・啓発予算の増額という形で消化してきました。しかし、差別的言動をした人と差別を告発した人とのその後の関係を知ろうともしなかったのではないでしょうか。糾弾闘争を経て、人と人との関係が変わったのか、部落差別を媒介としてあった部落とその周辺地域との差別的な関係にどう影響を与えたのかの検証を試みたことがないのです。「異議申立て」から始められる個々人の戦いが多彩に展開されることに期待し、組織的展開を中止します。
Aまた、わが同盟は、「地名総鑑」糾弾闘争を基軸とした差別企業との対応でも少なからずの間違いを犯してきました。まぎれもない企業の組織的犯罪を司法の場で追い詰めようとしなかったことが間違いの一つです。経営者を国民運動の戦列に囲いこみ、部落解放基本法制定等の運動に政治的利用を図って罪を放免してしまいました。企業同推協等に名を連ねていた幾多の企業が、後日、身元調査などで問題を惹起させた潟Aイビー、リック鰍フ顧客であったことが政治利用主義への見事な回答であったのではないでしょうか。二つ目の見落とせない間違いは、従業員に直接訴えてこなかったことです。会社内の人と人との関係で部落差別が直接的に見えてこなかったとしても、かかる露骨な差別体質をもっている企業の中で差別がないはずがありません。企業内のセクハラの問題がアメリカへ進出した企業から日本へ逆輸入される以前に、わが同盟の「地名総鑑」糾弾闘争の延長線上から問題提起されてしかるべきでありました。そこで働く人びとの共鳴・共感の得られない企業への糾弾闘争は、その闘いの成果の返し所を間違っているという一点で意味のないものになってしまいます。
'70年の南都銀行就職差別事件に係わる糾弾闘争の教訓は今後も引き継いでいかねばなりません。かつて、銀行等では高校や大学を卒業する人たちの採用で「身元調査」は当たり前のこととして実施されていました。この「当たり前のこと」に部落出身の女子生徒が「異議申立て」したことから闘いが始まったのです。この「身元調査」によって部落の青年らがふるい落とされ、まったく採用されていないことが明らかになりました。同時に、片親の子どもや借家住まいの家庭の子ども、貧しい家庭の子どもらもほとんど採用されていなかったのです。
糾弾闘争は大々的に展開されました。南都銀行は世論の厳しい批判を受けたのは当然のことです。結果として、南都銀行のみならず主要な企業や事業所が「身元調査」をしなくなりました。そして、いまも使用されている「近畿統一応募用紙」と称される履歴書が生れたのです。公的な場における差別には開かれた場での徹底糾弾闘争が今後も求められています。
Bまた、言うまでもないことですが公権力による差別をわれわれは決して許しません。狭山事件がその典型であります。
'63年5月1日、埼玉県狭山市で起こった「女子高生誘拐・殺人事件」で市内の部落に住んでいた石川一雄さん(当時24歳)が犯人にデッチあげられました。その少し前にあった「吉展ちゃん誘拐殺人事件」でも警察は身代金をとりにきた犯人をとり逃がし、あげ句の果てに吉展ちゃんが殺されて発見された失態があったばかりで警察に対する厳しい非難の声がうずまいていたのは当たり前のことです。当時の国家公安委員長は辞表を懐に入れて国会での詰問に臨んだと言われています。
警察はメンツにかけても犯人を逮捕しなければならなかったのです。「あんなむごいことをするのはヨソモノに違いない」という部落周辺の差別意識につけこんで小さな二つの部落に集中見込捜査をかけました。5月1日というメーデーの日に家族以外のアリバイ証言のない不安定就労の石川一雄さんに目をつけ、別件逮捕し、小学校もろくすっぽいけずに世間知らずの青年を騙して司法取引まがいの手練手管で「ウソの自白」をさせたのです。弁護団をはじめ広範な国民の「証拠開示」等の要求をしりぞけ一審の有罪判決を強引に維持してきた一連の経緯を総称してわれわれは「狭山差別裁判」と呼んできました。無実の石川一雄さんに無罪の判決をかちとり、ここまで部落民を陥れ、部落民を辱めてきた権力犯罪をあまねく明らかにするまで糾弾闘争を貫徹しなければなりません。注5.
(6) 新しい行政闘争の展開
子どもらの「低学力傾向」問題や中高年齢層の不安定な生活実態等、部落にはひき続き行政課題が山積している。そしてこれらの課題は、経済の市場原理主義や「弱肉強食」の政治のしくみに泣かされている庶民と共通のものであり共同の闘いとして位置づけていくこととする。当然のこととして、部落のみを対象とした施策の誘いがあっても断固として拒否する。
@すぐる30年間に、同和対策事業の執行と高度経済成長の波に乗って部落の生活は大きく変化し、部落内外の生活実態面での較差は著しく縮小してきました。しかしながら、子どもらの「低学力傾向」が是正されず、また、部落の40才台後半以上の中高年齢層は仕事や収入、健康や社会保障の面で少なからずの問題をかかえています。これらの相対的に低位な状況は、間違いなく部落差別の歴史性や社会性に起因したものであり、これまでの経験を生かしながら21世紀にも生活要求を掲げて政府や地方自治体への行政闘争を継続しなければなりません。
Aしかしながら、これら相対的に低位な生活実態にあるのは部落民だけでしょうか。母親や父親のいない家庭の子どもら、また、生活保護の受給を余儀なくされている家庭の子どもらも「低学力傾向」に呻吟しています。経済の市場原理主義が肩で風をきってまかり通る今日、失業者は300万人を突破し、農林漁業や日雇い労働に従事してきた人々の健康や社会保障にも不安がいっぱいです。「弱肉強食」の政治のしくみに泣かされている人は部落民の他にもたくさんいます。これらの人々と較べて特に低位という状況にない限り、われらの21世紀の行政闘争は、原則的には被差別者としての共同の闘いであり、当然のこととして部落民のみを対象とした施策の誘いがあっても断固として拒否します。
(7) 共生と連帯
21世紀に、「性差(ジェンダー)」と「共生」をキーワード(なぞ解きの言葉)とした反差別・人間解放の戦いを前進させる。女性、子ども、高齢者、「障害者」、病者や感染者、同性愛者、在日外国人、アイヌ、沖縄の人々やアジア各国の民衆の戦いを支持し、それらと連帯する。
@かつて「障害者」は、「保護」とか「教育」又は「訓練」という名目で地域社会から排除され、隔離されて特別な暮らしを一方的に強制されて「あたりまえ」の時代がありました。当時、部落解放運動は、「同じ日本人である」とか「部落には自然の本質的な差異はどこにもない」などとことさらに強調して部落差別の不当性の証しとしようとしていたのです。差異があってなぜ不都合なのか、差異があれば差別されてしかたないのかという「異議申立て」は残念ながらわが解放運動の内部から派生したのではありません。
A"障害があることを個性や特性として認め合う関係へ転換しよう""異なる人間が共に生きる状況が当たり前なのではないか""障害があることが辛いのではない。「障害者」であるということで人間としての尊厳を傷つけられ、不利益を強いられることが口惜しいんだ"という概念整理が「障害者」の運動の中でなされて「共生」という21世紀の共通テーマが生みだされたのです。部落解放理論の底の浅さを反省し、改めて、様々な反差別運動から率直に学ぶ姿勢を定立させねばなりません。
Bまた、20世紀の最終段階で女性たちの運動が活性化してきました。「女性の生き難さの原因は性差別、性別役割で二級市民として扱われているからだ」「女性の精神的健康のためには自己決定でき、自立的であること。社会における平等な地位の実現が重要である」「従って、個人の意識変革は、同時に社会の意識変革をめざすもの」との井上摩耶子さんの提起をもとに女性の具体的な「異議申立て」行動をもりあげていかねばなりません。
遺伝子の解明とクローン技術の恐ろしいまでの飛躍の時代をむかえて、反差別・人間解放の戦いを継続するわれわれにとって、「性差」と「共生」が欠かすことのできないキーワードとして確認することが求められているのではないでしょうか。ここを基盤として、女性、子ども、高齢者、「障害者」、病者や感染者、同性愛者、在日外国人、アイヌや沖縄の人々に関わる戦いを支持し連帯します。
C世はあげて「IT(情報技術)革命」の時代であります。瞬時に世界とアクセス(接続)できるこのIT革命は、「地域性」と「共同性」を基軸に育まれてきたコミュニティを崩壊させ、世界の相互依存を強めて南北問題や環境問題をより深刻なところへ追いやる危険性があると指摘されています。アジアの中の日本の立場が多様な場で問われ続けねばなりません。アジア各地における民衆の闘いを注視し、具体的な連帯の絆を模索していきます。
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